明治の可否茶館(his-007)から半世紀、大正から昭和初期の都市には「カフェー」(女給のいる社交場)と、コーヒーと音楽を主役にする「純喫茶」が並び立ちました。1930年代の東京・銀座や大阪・道頓堀には数百軒の喫茶店がひしめき、クラシックを聴かせる名曲喫茶、文人が集う文壇カフェなど、多様な形態が生まれます。ブラジル移民(his-006)を背景にした「カフェーパウリスタ」は安価な本格コーヒーを大衆に開き、「銀ブラ」の語源説にも名を残しました。

この時代に磨かれたのが、ネルドリップ(kn-112)やサイフォン(kn-089)といった日本独自の抽出職人技です。戦時の輸入途絶で喫茶文化は一時中断しますが、戦後に復活した喫茶店は高度成長期に全国へ広がり、1980年代のピークには全国15万軒を超えました。マスターが一杯を点てるカウンター文化は、後のサードウェーブ(his-011)に影響を与える日本の遺産になります。