1869年、英領セイロン(現スリランカ)のコーヒー農園で、葉に橙色の粉を吹く病気が見つかります。コーヒーさび病(kn-051)の最初の大流行でした。当時のセイロンは世界最大級の生産地でしたが、単一品種の密植モノカルチャー(kn-072の脆弱性の見本)は菌の前に無力で、20年ほどで産業はほぼ壊滅します。
破産した農園を買い取り、茶に植え替えたのがトーマス・リプトンら茶商でした。「セイロンティー」の世界的成功は、コーヒーの敗北の跡地に築かれたのです。さび病はその後アジア各地へ広がり(kn-150のインドネシアも打撃を受けロブスタ転換へ)、1970年代には大西洋を渡って中南米に上陸(kn-023)——140年前の教訓は、今も品種開発の最前線で生き続けています。