アラビカ種は、植物として特殊な生い立ちを持ちます。ゲノム解析によれば、アラビカは2つの近縁種(ユーゲニオイデスとカネフォラ=ロブスタ)の自然交雑から、比較的最近生まれた異質四倍体(両親のゲノムを併せ持つ)とされます。この起源が新しく、しかも自家受粉するため、栽培アラビカの遺伝的多様性は極めて狭い。さらに、世界に広がった栽培品種の多くが、18世紀に運ばれたごく少数の木(ティピカとブルボン)の子孫です(kn-021)。世界中の畑が『少数の祖先のクローンに近い集団』——これがアラビカの構造的な弱点です。

01 狭い血筋がもたらす脆弱性

遺伝的多様性の狭さは、病害虫や環境変化への脆弱性を意味します。多様性が低い集団は、ある病気に弱い遺伝的性質を全体が共有していれば、一つの病原体で全滅しかねない。19世紀にさび病がセイロンのコーヒーを壊滅させたのも、20世紀に中南米でさび病が猛威をふるったのも、この脆弱性の表れです。作物として品種改良を進めるにも、素材となる遺伝的バリエーションが乏しければ、耐病性や耐暑性を持つ性質を見つけにくい。狭い血筋は、味だけでなく、生存の面でもアラビカの足かせになっています。

02 野生種と遺伝資源という希望

この弱点を補う鍵が、原産地エチオピアの森に眠る野生・在来の多様性です(kn-031)。栽培品種が失った耐病性・耐暑性・未知の風味の遺伝子が、野生種には残されている可能性がある。2018年に再発見された高温耐性の野生種ステノフィラ(kn-024)のような例は、遺伝資源の価値を象徴します。世界の研究機関は、こうした野生種や在来系統を収集・保存する『遺伝子銀行』を運営し、将来の品種改良に備えています。エチオピアの森林保全がコーヒーの未来に直結すると言われるのは、そこが遺伝的多様性の最後の宝庫だからです。