世界のアラビカ品種の多くがティピカとブルボンという細い糸に行き着くのに対し、原産地エチオピアだけは事情がまったく異なります。この国の森や畑には、選抜も交配もされていない野生・半野生の系統が無数に混在しており、その数は数千とも言われます。個々を特定するのが現実的でないため、豆袋には「エアルーム(Heirloom=先祖伝来の品種群)」と総称されるのです。品種名の不在は情報の欠落ではなく、「あまりに多様で名前を付けきれない」というエチオピアならではの豊かさの表れです。
01 なぜ多様性が重要なのか
世界の栽培アラビカの遺伝的多様性は極めて狭く、病気や気候変動に対して脆弱です。これは全世界の畑が、ごく少数の祖先木の子孫だから。対してエチオピアの森には、まだ人類が味わっていない耐病性・耐暑性・未知の風味を秘めた系統が眠っています。ここは栽培品種の「遺伝子銀行」であり、100年後のコーヒーを救う鍵が森の保全にかかっている、と研究者が口を揃える理由です。近年再発見の野生種や、政府の研究機関が選抜した「74110」「74112」といった番号系統(1974年の選抜に由来)も、この多様性から生まれました。
02 味の傾向と楽しみ方
エアルームの魅力は、その多様性ゆえの「予測を超える香り」。イルガチェフェのウォッシュドは紅茶やジャスミン、シダモやグジのナチュラルはブルーベリーやストロベリーのような果実爆弾になります。同じエチオピアでも地域と精製で別世界。浅煎りで淹れ、香りを主役に味わうのが定石です。ガーデンコーヒー(民家の庭先で数本ずつ育てる伝統形態)やフォレストコーヒー(森の自生木からの採取)といった、大農園とは異なる生産形態も、この国の個性を形作っています。